七代目の挑戦

奈良墨 錦光園

昨今、学校教育の中で「墨を磨る」という行為はほとんど無くなってきました。錦光園も工房内で実施している「にぎり墨体験」に、よく学生の方達が多数来られるのですが、事前にアンケートを取ってみると、やはり「見た事はあるが磨った事はない」という意見がほとんどです。ごくたまに「見た事がない」という学生の方もおられるぐらいで、クラスの中で書道教室に通っている方は1人か2人いればいいぐらいの割合です。更にいえばその書道教室でも墨は磨らないという方も多数おられます。

 

学生の方が墨を磨らなくなってきた時点で、その方達が大人になって急に墨を磨り出すかというとそれはかなり確立の低い話になってきます。当然のことながら墨の需要は年々右肩下がりで、昔と比べると生産量はもはや何十分の一というレベルです。過去の話でいうと、終戦後の昭和21年に占領軍の指示のもと、学校教育における書道教育が廃止されました。昭和32年にはなんとか復活したものの、当然のことながらそのあおりを受け、奈良の墨屋さんの一部は廃業を余技なくされました。そして現在もやはり学校教育内でも墨の使用が激減しているが故、墨の需要は減り、後継ぎの問題などもあり、墨屋さんの廃業は続いています。その為、現在、奈良の墨屋さんでいうと、現在でも自社内で墨作りを行っている会社は10軒に満たない程度しかありません。

 

また墨作りというのは、墨を作る墨屋さんだけで成り立っているかというとそうではありません。奈良の墨作りは伝統的に分業で成り立っており、墨を作る職人や会社も存在すれば、墨の形を作る木型作りの職人さんや、仕上げ作業を行う職人さん等もおられます。元々、奈良の墨作りはそれら社外の職人さんに仕事を依頼させて頂く事で成り立つ体制をとっていました。現在では自社内でその専門の仕事を行う職人を育て上げている墨屋さんも幾つかあるのですが、肝心の墨の需要が減り、墨の生産量が減るということは、それら分業先で専門の仕事をされている職人さんの仕事や生活にも大きく影響していくのです。また当然の事ながらそれを継承していく後継ぎの方の問題も出てくるのですが、墨の現在の状況から、そちらもかなり不安定な状況です。もともとは分業先の専門の職人さんが一人、まさに一子相伝で行っており、個人から個人に伝承されていた「技術」の為、それが途絶えるとなると、何百年と培われてきた伝統的な墨作りの技術そのものが途絶えることに繋がってしまいます。日本全国、伝統的な地場産業を抱えておられるどの産地にも共通する話なのですが、例に違わず、奈良の伝統ある地場産業の墨作りも同様の憂き目に直面しています。

 

これら現在の状況、墨の需要減に対し、奈良の残された墨屋さんは日々試行錯誤されています。当然の事ながら、もはや固形の墨を作るだけでは事業が成り立たない為、墨以外の書道具や筆記具を製作・販売したり、墨の材料の成分を研究し、全く違うジャンルへの転用を行ったりと本当に各社素晴らしい企業努力をされておられます。当然の事ながら伝統的な墨作りも守りつつ、国内はもちろん、海外も含めた展開など各社様々な形で墨に向き合われておられます。

 

そして私ども錦光園

 

この現在の産地の状況に対し、自分達に何が出来るか、自分達の役割は何かを日々自問自答しつつ墨作りを行っています。一つ確かなのは今後も地元の伝統的な地場産業である奈良墨、奈良の墨作りを続けていくということ。錦光園でしかできない拘りの墨作りを続け、それらを1人でも多くの方々に伝えていく事が使命と思っています。錦光園を通して墨のこと、墨作りのこと、産地やそこにおられる職人さんのことを少しでも知って頂けれる玄関口のような存在になれれば良いと思っています。奈良という括りだけではなく、この国においても歴史・伝統のある墨の文化、日本の書道文化に、ほんの少しでも錦光園が貢献出来れば幸いです。今後も1人でも多くの方に墨を磨り続けて頂けるよう、今後も錦光園は墨作りを続けて参る所存ですので何卒宜しくお願い申し上げます。

 

余談ですが、前述に記載させて頂きました、奈良墨に関わる分業先の職人さんや関係者方々のことを少しでも知って頂きたく、錦光園の公式EBサイト内では「奈良墨のひと」と称し、それらの方々に纏わる特集記事を掲載させて頂いています。是非そちらもご覧になって下さい。第一回目の特集は墨作りには欠かせない、専用の木型を作る職人さん。専門職としては現在、日本に1人しかおれない「中村雅峯(がほう)」さんの特集記事です。その道一筋60年、墨の表面を彩どる精巧な字や絵を墨の木型の表面に彫られており、その仕事はもはや芸術の域にまで達しています。

 

錦光園WEBサイト 「奈良墨のひと」

https://kinkoen.jp/hito/

 

「奈良墨のひと」は今後も不定期にはなりますが更新していきますので是非ご覧になって下さい。こちらの記事を読まれた方が少しでも奈良墨に興味を持って頂ければ嬉しいです。

 

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