七代目の挑戦

奈良墨を継ぐ 錦光園を継ぐ

「継ぐ為に家に戻ろうと思ってる」

 

親父に伝えたのは6年ほど前のこと。大学を卒業してから東京の会社で既に10年間働いていました。その東京の会社に入社したのはご縁があったからだと思います。ただ自分が言うのもの何なのですが、その会社は本当に素晴らしく、魅力的な会社で、自分みたいなよく分からない人間を、長い間大事にして頂きました。もし実家の家業が無ければ確実に追い出されるまでその会社にはいたと思います。それだけの素晴らしい会社、魅力的な人達が沢山いる会社、いればいるほどその良さ分かってくる会社でした。余談ですが、数年経った今でもその会社はグングンと成長し続け、業界の中でも確実に一目置かれる存在になっています。

 

大学卒業当時は、家業である墨屋を継ぐとか継がないとか、特にそういった深い考えはなく家を出て前述の会社に入社しました。特に親父からの反対や、家業を継いで欲しいという希望も聞いた事は一度もありませんでした。親父は親父で思う所はあったのかもしれませんが、そういった素振りは全く見えなかったのが当時の印象です。ただ自分の中では、墨屋の仕事が嫌でも嫌いでもなかったので、他の会社に就職しても遅かれ早かれ、いつかは実家に戻って家業を継ぐのかなとぼんやり思っていました。子供の頃から墨作りの仕事はずっと手伝っていたのでどういった仕事かは少なからず分かってはいました。墨屋なので当たり前の話ですが、日々、親父や職人さん達は真っ黒になりながら働いていました。墨作りだけに、確実に世界一黒くなる仕事だと思います。そういう姿を子供の時からずっと当たり前の光景として見ていたので、墨作りに対する違和感も何もありませんでした。

 

先に、お世話になっていた会社に「家業を継ぐ為に実家に戻りたい」とお伝えしてから、その後、親父にも戻る旨を伝えたのですが、返ってきた返事は「反対」。当時、自分も薄々とは分かってはいたのですが、やはり昨今の書道離れ、墨離れにより、確実に奈良墨の生産量は落ち続けており、当然のことながら、自分達の錦光園も他の墨屋さんと同様に、かなり厳しい環境に置かれつつある最中でした。親父が反対したのは明白な理由で、先行きが非常に悪い明らさまな斜陽産業にわざわざ戻ってくる必要は無い、今の会社がそんなに良い会社ならそのまま東京でやっていくのが一番良いという、最もな返事でした。ましてや当時、自分には奥さんと子供もいたので確実に東京に留まるのが良いという親父の意見は、「そらそう言うわな」と内心思いながら聞いていました 笑

 

業界的にも、当然家族のいる身で収入的にみても、どう考えても不安しかないのに、何故そんな所にわざわざ何で戻ってくるのか?と親父に言われました。こちらに戻ってきてからも周囲の方やお客様によく聞かれる話ですが、自分の中でその答えは極めてシンプルです。

 

「親父達が真っ黒になりながら墨作りをしてそれでメシを食べてきたから」

 

本当にただそれだけの理由です。代々、墨作りを生業にして生活してきたが故に、自分もそれを継いでいくのが自然かなと常日頃から思い、自分でそれに従ったまでです。色々な方に質問された時に本当にこれだけの理由で逆に申し訳ないなと思う時が多々ありますが、本当にこれだけなんです 笑

 

自分の中で有難かったのは、それ以前から奥さんが、特に反対する素振りも無しに(実際、内心ではどう思っていたか分かりませんが)、当たり前の如く「いつ実家に戻るの?」と奥さんの方から自分に聞いてくれていたのは非常に気が楽でした。当然、実家に帰れば自分の両親と一緒に住む事になりますし、子供も既にいたので慣れた東京での暮らし、環境が一気に変化する事になりますが、そこに対する反対はなく後押ししてくれていたのは非常に今でも感謝しています。

 

話は戻りますが、その後もしばらく親父と「戻る」「戻るな」というやりとりが1年近く続き、最終的に親父も自分達家族が戻る事を許可してから更に数年してから3年程前、およそ約15年振りに奈良の実家に帰ってきました。数年前の事ながら、最初は当然の如くバタバタしていてあまり記憶がありませんが、今日現在に至るまで家族一同何とかやってきています。奈良に戻ってきてから2人目の子供も生まれました。男の子なので、もし自分の子供が跡を継いだら8代目になるのですが、彼が大人になった時、後を継ぐ事に強要する事は間違いなく無いと思います。当時の親父のように。

 

今では日々、親父と隣合わせで早朝から墨作りの仕事をして、夜は2人で酒を飲みながら仕事の話をしたりしています。親父も70を超えていますので年齢的にいつまで一緒に仕事が出来るかは分かりませんが、親父の背中を見ながら、墨作りの仕事、奈良墨の伝統・文化を継いでいきたいと思っています。業界的にいっても非常に厳しい環境におかれているのは間違いないですが、自分にしか出来ないこと、錦光園しか出来ないこと、それらを1つずつコツコツと行いながら、この先も奈良墨を前に進めていきたいなと思っています。

 

 

 

 

 

 

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