一心堂 小島正道
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職人の魂を秘めた家族の静かな誇り
一心堂 小島 正道 (こじま まさみち)
書道関係者であれば知る人ぞ知る奈良の名店「一心堂」。
店舗のルーツは職人。墨づくりに欠かせない材料である煤(すす)を採る職人であった祖から始まり、
墨づくりやその後の筆づくりへ。そんな職人の魂を静かに漂わせ、
店舗に立たれる店主の小島さんとそのご家族のお話です。
奈良市内には書道関係の製造元や販売店が多く点在しています。
以前よりも少なくなってしまいましたが、それでも他と比較すると圧倒的に多いと思います。
墨や筆は奈良を代表する伝統工芸品ですし、和紙も奈良県内に作り手さんがいらっしゃいます。
書道に関係する製造元や販売店が多いのはそういった理由です。
今回お話を聞かせていただいたのは「一心堂」さんという書道具の販売をされているお店。
書家さんや、著名な先生方も信頼を寄せる、書道具専門店の老舗です。
私たちは墨の製造元なのですが、他の書道具については案外知らないことも多いものです。
一心堂さんは書道の街奈良で、書道具販売のトップランナー。
もしかすると今も昔も、“書道具”についてのことは日本一お詳しいのかもしれません。
100年以上続く書道具専門店
「一心堂」は、小島さんの祖父・菊太郎さんが菜種油煙墨の原料となる煤(すす)の採煙に携わっていたことがはじまり。
私が生まれた頃には、奈良・三条通りの「一心堂」といえば書道具専門店の老舗という認識でしたが、実はあまり詳しく成り立ちまでは知りませんでした。現在に至るまでのストーリーを伺うと、採煙をされていた経緯から、錦光園と同業でもある製墨もされていたこともあるそうです。
明治の末、祖父・菊太郎さんが墨・筆の行商として独立。大正10年頃に現在の地に店舗を構えたそうです。以来100年以上にわたり、製墨、製筆、販売に携わり、伝統産業を担い手として、今も変わらず、職人さんとともに一心堂さんの理想とする墨や筆を作り続けられています。
特に筆には強みを持たれており、店舗の奥には数え切れないほどの筆の種類が。棚には天井まで筆の箱がうず高く積まれていて、目を奪われてしまいました。
まさに圧巻と言うべき景観です。数を聞くと、種類はさまざまな書に対応するため約300種類、墨も約100種類ほどを取り揃えているのだそうです。
創業から変わらぬ職人の技
一心堂のこだわりは、創業当初から変わることはありません。店頭には、職人の手で一本一本丹精込めて作られた筆が並びます。
一心堂の筆は、創業当時から付き合いのある職人と筆の毛一本の細部まで相談しながら納得のいくまで何度も試行錯誤し、半年や一年かけて一心堂オリジナルの筆が作られるのだそうです。
書家の先生や書道をされている方々からの声を直接聞き、職人へ原料から作り方までを細かく指示し、それぞれの工房で一心堂のための製品が作られます。
墨も創業当時の製法や原料にこだわり、職人が丹精込めて作ったオリジナルの墨を販売しているのだそうです。
「一心堂」の存在意義
こだわりは、製品だけでなくお客さまとのコミュニケーションまで。一心堂では、筆一本、墨一丁、紙一枚からお客さまの要望を丁寧に伺い、用途や好みに合わせて選んでくださいます。
この店を頼って、遠方からはるばる訪れるお客さまがいるというのも納得です。
「昔は書道具専門店ではなくとも、文房具屋に行けば書道具が充実していた」と小島さんは言います。
「私も文具店の社長さんからよく教わりましたが、ある時期から、商品を店に並べるだけで説明のできる人が店頭におられないようなお店が増えましたね。細かなことだけれども、一心堂が存在している意味はそんなところにあるのかもしれませんね」
時代の移り変わりにより、書道具の需要は年々減っていると言います。
「昔は道具にこだわる人がたくさんいらしたので、毎朝お店に何個も段ボールが届いてはすぐになくなってしまう時代でした。今は、筆と墨と紙さえあれば事足りてしまって、いい筆やいい墨を求める人は少なくなっています。いいものをつくる意味すらなくなっているので、店に立つ人間としても歯がゆい想いがありますね」と奥様の一美さんは少し寂しい表情を浮かべていました。
道具への向き合い方の変化
書道の世界を一番近い場所で見守り続けてきた小島さんは、「近ごろでは道具のこだわり方がわからない人が多い」と話します。
墨や硯(すずり)を購入する人も年々減っているそうです。
「墨をすったら、香料がパーっと立ち上がりますやろ。昔はこの香りを好きやと言う人が多かった。墨をすって心を整えて筆を持つと、スッと紙に向き合えるんですよ。でも、現代では時間が勿体ないと言いはりますやろ。墨をする楽しみが本当はあるんですがね……」
まさに様々な角度から書道の業界を見て来られたからこその憂い。書道人口の現象は錦光園としても極めて重要な課題、小島さんのお話にはその課題に向き合うヒントがあるように感じました。
後継者の育成は大きな課題
また、使い手だけではなく、職人も年々減少しています。現在、奈良筆を作れる職人は8名ほどで、後継者のあては無い職人さんが大半だそうです。
「このままでは、いずれ奈良筆を継承する職人さんはいなくなってしまう」小島さんは言います。
とはいえ、後継者を育成すればよいというわけではありません。伝統産業はこの先、先細りしていくことが目に見えています。職人としても、今後の生活にまで責任を持つことはできず、弟子を取りたくても取れない現状があるのです。これは私たち錦光園も同じ課題を抱えています。
行政がバックアップをしながら未来に後継者を残していくような取り組みができれば、今後、奈良筆や奈良墨、書の世界を守りながら、新しさを作ることに繋がっていくのかもしれませんね。
「書く」ことは人生を楽しむこと
「筆や墨の本当の良さをわかって学びを深めていかれる方は近年減ってきているように感じますね」
「書にひたすら向き合うだけでは上達しません。本を読んだり、お茶をたしなむ時間を持ったり、自分の幅を広げていくことでいい作品を仕上げられるようになるのだと思います」
一般的に書道は“文字を書くこと”だと考えられると思います。もちろん書なので文字を書くという行為は必須なのですが、それが目的ではありません。剣道や柔道「道」の付くものは自分自身の内面と向かい合うという性質があり、そこが道の本質です。
小島さんの言葉は、おそらくそういった意味なのだと思います。書くことは、書道の表面に表れる一部、人と書を合わせて書道。墨の製造元として書道に関わっていますが、改めて書道の奥深さを考えさせられました。
一心堂は、物を売る小売店としてのものではなく、限りなく職人に近い製造元として書道具を販売しています。道具に想いを込め、良いものにこだわり、それを伝え広げていこうとする小島さんは、商人でありながら職人のようです。
こうした職人気質の伝え手の方がいてくださることが、墨を製造する私たち錦光園としてもとても嬉しい限りです。
歴史ある店を受け継ぐ
現在、一心堂さんでは息子の正嗣さんも後継者として働いています。
正嗣さんは大学卒業後、書道とは畑違いのキッチンメーカーで勤務していたそうです。
子供のころは周りから「跡継ぎ」と期待されることが多く、いつかは家業を継ぐのかなとぼんやり考えていたそうですが、両親からは反対されていたといいます。
そんな正嗣さんが家業を継ぐきっかけとなったのは、転職のための有休消化の期間に一時的に実家へ戻ってきたことでした。当時は次の勤め先も決まっている状態でしたが、実家で過ごすうちに気持ちに変化が生まれたといいます。
「今後転職してしまったら、このあと何年も家業を手伝うことはできなくなる。今が後継者としてのタイミングなのかもしれない…」と、家に残ることを決意したそうです。
職人の感覚を育んできた誇り
先細りしていく伝統産業を継がせる不安を持ちつつも、母の一美さんはこう語ります。
「家は継がなくていいと言いながらも、子どもの時から感覚だけは養ってあげたいと思って育ててきました。筆の毛一本の加減。この感覚がわからなければこの商売は続きません。プライドを持って作ってくださっている職人さんと対等に話ができる感覚的なところだけは、お勉強よりも大切に育ててあげたいと思って接してきましたね」
職人の感覚を持っていることは、確かにこの商売では大切なことです。店を継ぐことに反対しながらも、その感覚を我が子に育んでこられたことに一心堂を支える奥様のプライドを感じました。
ですが、となりでは「そんなこと知らんかったなあ」と笑う小島さん。ご夫婦が長年信頼し合って、家業を守り続けてきたことが垣間見えた瞬間でした。
新しい世代と挑戦。
今後の書道界を見据え、新しいことにも取り組んでいきたいと正嗣さんは話します。
例えば、万年筆のような書道以外のものと何かを掛け合わせて新しいことはできないだろうか。そんな閃きがありつつも、実際には行動にうつす余裕のない日々に、悶々とした気持ちを持っていることも教えてくれました。
職人はどんどん減る一方で筆の原料は値上がりし、追い討ちおかけるようにコロナで外国人観光客が激減。書道界は厳しい現状が続いて焦りを感じることもあるそうです。それは私自身も同じです。
これからは、今まで書道界を支えてきた世代に頼るばかりではなく、引き継ぐ私たち、新しい世代がアクションを起こしていくことが必要になってくるのだと思います。そのためには、墨や筆、小売や卸業界など、それぞれ書道に関わる人たちが繋がって、横のつながりを作っていくことが大切なのかもしれません。
現状維持では衰退してしまう私たちの業界。正嗣さんや錦光園には新たな何かに挑戦することが間違いなく必要になってきています。
一心堂の心
私たち錦光園から見えるものと、少し引いた視点で業界全体を見られてきた一心堂さん。見える角度は違えども、考え方の根本は同じなのだと改めて感じました。
そしてもうひとつ感じたのは一心堂がどうあるべきなのかを小島さん、奥様、正嗣さんが自然と共有されているなと感じました。
お聞きしても特に小島さんは息子の正嗣さんに「こういうふうにしてくれ」と言っているわけでもなく、奥様も小島さんから言われるでもなく正嗣さんに必要な感性を伝えている。
押し付けるわけでもなく自然に大切なことを共有できるのは、やはり代々引き継がれてきた書道・商売への謙虚で誠実な姿勢を見ているからなのだと思います。
まさに一つの心を代々引き継がれているのですね。
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製墨製筆 一心堂(いっしんどう)
住所 〒630-8228 奈良市上三条町3-9
TEL 0742-23-2381
URL https://issindo-nara.jp
取材・撮影:2022年3月