七代目の挑戦

これからの時代に意味あるもの

 奈良県は富雄駅から歩いて5分程度、線路沿いの緩やかな登り坂の途中に見える、茶色のクラシカルなレンガの門。

その門の奥にあるのは、和裁や染色、織物着付、和のデザインの技術を学び着物のプロを養成する大原和服専門学園。

 

 「墨を入れる裂(きれ)袋を製作して欲しい」

 

 新しい商品のパッケージとなる裂袋の製作をお願いに訪れたのが約1年前。

快く了承して頂き、そこから何度も相談・打ち合わせを行い、試作品を重ねようやく完成に至りました。

 

 自分にとっても非常に思い入れの強い今回の新商品「おはじき墨」。

中身の墨だけでなく、墨を入れる裂袋にも大原和服専門学園さんの思いやストーリーが詰まっています。

 

 

依頼を引き受けて下さった理由

 

 元々、大原和服専門学園では、着物を縫製する(和裁)のプロの技術を学ぶ専門学校で、今回の依頼のような小物づくりは殆どしていなかったそうです。

それにも拘わらず、学園長の大原さんは「学生の教材にもさせて欲しい」と、今回の依頼を快くお引き受け下さいました。

そこには大原さんなりの和裁の現状に対する危機感、奈良に対しての想いがありました。

 

 錦光園では墨の普及に対する様々な活動や商品製作を行っています。

衰退していく産業、需要が無くなっていく固形墨に対する顧客層への新たなアプローチの方法など、常日頃より頭を悩ましながら取り組んでいます。

そういった今までと違う角度から、新たな顧客へアプローチする姿勢や方法などを、今回の裂袋製作を通じて学園の生徒さん達にも学んで欲しいという、大原さんの意図がありました。

 

 墨と同じように衰退している着物の業界。

ただ着物を縫うだけでなく、「和裁の技術を活用してこういう伝え方もある」ということを学生に経験してもらうことは、和裁の技術を残していくためにも今の時代に絶対に必要なことと大原さんは言います。

 

 また、学生の技術向上や成果を感じてもらえるという面においても今回の小物製作は役だったそうです。

というのも、学生の場合、一着の着物の製作はとても時間がかかり、完成までの1週間ほどの長い時間を要します。

その点、今回の裂袋は小さいので完成までの時間が短く、着物の部分練習の課題として、学生が成果を感じやすいことが良いとのことでした。

ただし、裂袋は小さいので、着物を作るより当然細かい作業になるため、着物を作るより難しいということを自分は後で知ることになるのですが---

 

 そして大原さんが今回の依頼を引き受けて下さった最大の理由。

それは、「奈良」という土地柄、どこか保守的で横のつながりが希薄であるという状況を変えていきたいという想いから。

奈良に住み、特殊な伝統産業の業界にいる自分にとっても大いにその気持ちはよく分かりました。

ふるさと奈良のこれからの未来はジャンルを越え、志のある人同士が協力しあい、より付加価値を高めて事業や商売を発信していくことが必要だと大原さんは常々言われています。

故に今回、ジャンルは違うとはいえ、これまでの活動や取組を見て頂いた上で、地元の事業者である錦光園の依頼をお引き受け下さったのでした。

地元にこういった考えの方がおられ、またその方と今回ご縁で一緒に仕事が出来たのは自分にとっても非常に嬉しく有難かったです。

 

 

 

和裁の歴史

 

 ここで少し着物と和裁の歴史に触れておきます。

戦前はもとより、戦後もしばらくの間は日本人の半数ほどは普段着として着物を着ていました。

それ故、その当時の女性というのは当然の如く、和裁が出来ていたのですが、1970年前後に既製品の洋服が作られだし、そのころを境に急速に洋服が普段着として着られるようになっていきました。

その結果、普段着の和装は減少していきますが、着物の業界はフォーマル・高級路線へ進んでいくことになります。

当時の日本は高度経済成長期。

高級な着物がどんどん売れる時代でした。一方で高級な着物は身近でなくなり、一般の人が気軽に着ることができないものになっていきました。

そして、バブル崩壊を契機に、景気が急速に冷え込み高級な着物が売れなくなっていきました。

  

 

 また大原さんは着物が厳しくなってきている原因は、日本の家族構成の変化もあると指摘されています。

昔の日本は世代を跨ぐ大家族が当たり前でしたが、それがどんどん核家族に変わっていくことで、家族内でそれまでの風習・文化が伝わらず、家族が子にお仕着せで着物を着せるような環境が少なくなっているのも要因の1つと言われています。

和裁も昔は義務教育の中で教えられていて、家庭の主婦はほとんどの人ができていたのですが、社会環境の変化でプロの専門職へと変わっていきました。

親自身、和裁が出来なくなったため、当然子供に教えることは無くなっていく。

それは家庭内だけでなく、先生が生徒に教えることが出来ないという具合に、学校でも同様のことが起こってきます。

 

 ジャンルこそ違いますが、自身の携わる墨の業界でも全く同様のことが起こっています。

それゆえ、着物や和裁に限らず「日本の文化が無くなってきている原因はそういった家族構成によるものもある」という大原さんの言葉に、自分も深く納得させられました。

 

 

最近の和装

 

 戦後、衰退してきた和装の世界ですが、近年になり新たな動きも出てきています。

それまでは街の中に店を構え、店主と一緒に反物から選ぶという昔ながらの呉服屋スタイルから、近年ではインターネットによる販売はもちろん、体験商品として気軽に着物を着ることが出来る着物レンタル等も観光地などを中心に流行っています。

若い人にとっては分かりにくい着物の世界も、SNSなどの情報伝達手段が爆発的に広がった為、多くの情報を得ることが出来、より身近なものに変化しつつあります。

それまでは一見ルールが厳しいイメージのあった着物も、最近ではファッションの1つとして受け取られるようになり、和洋折衷で着物を着るなど、様々なスタイルも散見されるようになりました。

公式の場では過去からの流れ同様しっかりと着付けをし、場面を変えれば一部着崩したオリジナリティを加えたファッションと、今の着物の業界はその2軸に分かれてきています。

 

 

今後の課題

 

 最近の流行がありつつも、その一方で、着物をどのタイミングでどのように着るか、着物一式を揃えるには何が必要なのかなど、その判断が今の時代の人には出来ないのが大きな課題です。

さらに当然のことながら、着物は着るのに準備や時間がかかります。

着物はそういうものだということも、当然、消費者に理解してもらわないといけません。

肝心なのは、主体的に着物の知識と技術を学んだプロが、着物に対する知識・経験が無い人達に対し、正しく分かりやすく、着物の魅力を伝えていくことが大事だと大原さんは言われています。

そういった方々に、日本国内だけでなく、日本のアニメ等で着物に興味を持っている海外の人々にもしっかりと着物の魅力を発信していって欲しいというのが大原さんの願いだそうです。

 

 

大原学園での取組 「一人一人の想いをカタチに」

 

 昨今の和装の現状を顧みて、大原和服専門学園でも様々な取組をされているのですが、その中でも力を入れられているものの1つが製作依頼者と生徒さんとのコミュニケーションの場を作ることだそうです。

実際に着物の製作依頼者が学園を訪れ、生徒さん達と直接話をし、相談したうえでデザインを決め製作を進めていくということもされています。

当然、生徒さんは依頼者の意図や考えを知る機会にもなり、「ただ自分の課題を作る」から一つ先の成長にも繋がることを大原さんは期待されています。

また、発注された依頼者も作り手と相談し、協議の上で進めていくことで、依頼者の方も着物のことを勉強する機会にもなり、着物にさらに興味をもつきっかけにもなります。

 

 今回の錦光園との関わり方もその1つ。

実際に生徒さん達は今回の依頼をさせて頂くことを決めてから、錦光園の工房にも来て下さり、お話もさせて頂きました。

どのような想いで何の為に作るのか、どのように売るのかなど、ただ作るだけでなく、先に述べたような「こういった考え方」もあるということを大原さんは生徒さん達にも勉強して欲しいと常々言われています。

 

 これら一連の動きは、これから着物の業界を担っていく生徒さん達の将来に期待する大原さんの強い想い、そして何より親心なのではないでしょうか。

 

 

生徒さんが製作する「おはじき墨」の裂袋

 

 ここで、今回の依頼であった裂袋を製作して下さった大原和服専門学園の生徒さん達をご紹介させて頂きたいと思います。

今回は学園の和裁学科2年生の生徒さんが中心となり錦光園からの依頼である「おはじき墨」の裂袋を製作して下さいました。

実際に話を聞いていると、最初は1つの袋を製作するのに何と約3時間ほどかかっていたそうです。

実は今回、一度に数百程度の裂袋を製作依頼していたので、全て作るのは途方もない時間を要することが分かります。

その話を聞いた際、何だか申し訳ない気持ちになってしまい思わず生徒さん達に謝ってしまいました 笑

なお、余談ですが、何個も何個も製作していく中で、今では1つ製作につき1時間程度で完成するようになったそうです。

それでもかなりの時間ですね。

本当に申し訳ございません。

 

 

 製作中の生徒さんに見せて頂いたのですが、自身のスケジュール表の中に、これまで袋の製作に費やした時間がびっしりノートに書きこまれていました。

また当然のことながら、1つ1つ生徒さんが手作りで製作していくのですが、製作し終わっても、出来た袋を先生のもとへ持っていって合格を貰わないと次に進めません。

作り終えた袋を先生にチェックしてもらっている際の生徒さんの表情が個人的には非常に印象的でした。

 

 生徒さん達を囲んでお話もさせて頂きましたが、流石にそれだけの数を長時間作っていると、「デジャヴを見るようになってきた」「飽きてきた」など、笑いながら若い生徒さんらしいコメントも。

ただその一方で和裁の技術である「返し針」の練習に非常に役立ったなど、有難いコメントも頂けました。

どんな形であれ、今回の製作依頼が生徒さん達の技術向上にも一役買えているのは非常に嬉しい限りです。

 

 

最後に

 

 今回、「おはじき墨」のパッケージとして裂袋の依頼をさせて頂きましたが、単なる製作依頼を越えて、双方の業界の過去や現在を知り、将来に繋がる機会を頂いたと思っています。

ただし、それらは全て、自身の業界はもちろん、業種の異なる奈良の産業や地域の将来を考えた上で今回の依頼を引き受けて下さった大原さんの心意気があったからこそ。

同じ奈良の人間として感謝してもしきれません。

また、大原さんだけでなく、学園の先生方や生徒さん達にもこの場を借りて感謝申し上げます。

本当に有難うございました。

 

 

「自分達のやっていることはこれからの時代にとって、とても意味のあるものになると思っている」

 

 

 お話をお聞きする中で大原さんが言われていた言葉です。

 

 日本の長い歴史の中、継承してきた和裁の技術や着物、そして墨。

大原和服専門学園さんの存在とともに、まさにこの言葉の通り、今回の「おはじき墨」がこれからの時代にとって、とても意味あるものになることを心より願っています。

 

 

《協力》

学校法人大原学園 大原和服専門学園

〒631-0078 奈良県奈良市富雄元町1-13-41

TEL : 0742-(47)1111

公式WEBサイト : https://www.ohhara.ac.jp/

 

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