四季を感じる村で、自然と共に生きる
東吉野村 林業家 渡邊祐示さん
松煙墨の生産に不可欠な、「松煙」と呼ばれる煤(すす)を得るために必要となるのが、原料となる赤松です。
今回は、大和松煙プロジェクトにおいて、原料である赤松の手配を担ってくださる、林業家の渡邊祐示さんにお話を聞かせて頂きました。
映画製作の仕事を経て、林業家に

東吉野村に移住してこられる前は、東京で映画製作の仕事をしていたという渡邉さん。
今も好きだとおっしゃる映画のお仕事を辞めてでも、東吉野村で林業に携わるようになった背景には、どんなきっかけがあったのでしょうか。
「僕が映画の世界にいた最初の頃は、フィルムで撮ってたんです。フィルムって、写真もそうですけど、光の具合などの条件を作って撮らないといけないので大変なんですよ。でも、テクノロジーの進化によって、後でデジタルで処理出来たりするようになった。」
「例えば日本には四季があるじゃないですか。桜とか、入学式とか、夏にはセミが鳴いて、秋には紅葉して、冬は雪が降る。でも、CGの力を借りればその季節に見えるように映像を作ることが出来る、そんな技術がどんどん進化してきた。それはすごい事なんだけれど、楽しくなくなってしまったんです。」
「最初は感動するんですよ。何に感動するかって、春に撮影していないのに、桜になってる!って喜ぶ。でも、それがいつか当たり前になってくると、何だかそこに深みを感じない気がするようになって…そんな風に思っていた時期があったんです。」
ちょうどそんな時期に、コロナ禍がやってきたと言います。
緊急事態宣言が発出されたことにより予定していた撮影が行えなくなったり、仕事で忙しくしていた生活も、大きな変化の波にさらされました。
「スーパーに行ってもみんなマスクをしていてピリピリしていたり、家にいれば考える時間がたくさんあるし、いろんな情報にも左右される。そういった苦しい日々が少し緩和されて、元の仕事のサイクルに戻った時に、なんかしんどいなって思っちゃったんですよね。」
コロナ禍があけて、忙しく仕事をする生活サイクルに戻った時に、渡邊さんは違和感を感じ始めたと言います。
屋久島での林業との出会い
そんな中、趣味の登山で鹿児島県の屋久島を訪れた渡邊さんは、そこで林業に興味を持つきっかけに出会います。
「木ってこんなに長い年月を生きるって、スパンが凄いなって感じて感動したんですよ。その木を、人間が山から出すっていう写真があって。“鳶(とび)”っていう道具があるんですけど、太い木をその鳶を使って人が引っ張っているんですよ。そうやって木を動かすんです。そんなことが出来るのかって、ちょっとそのアナログなところを見て感動したんですよね。」

一般的に杉の平均寿命は500年程度と言われていますが、屋久杉と呼ばれるのは樹齢が1000年を超える杉です。
その長い年月を生きてきた木と、人の手でそれを運び出す様子を収めた写真に、渡邊さんは心を動かされたと言います。
「それで林業に少しずつ興味が湧いて、屋久島で林業をされてた方の本とかもちょっと読んで影響を受けて。どういうのかというとね、道具とか山に対する考え方とかが書かれていたり、なんか熱いものがあった。その熱いものって、昔の映画を撮ってた人たちにも共通するものがあったんです。そういうものが林業にはあるような気がして、それでちょっと林業に興味を持ったんですよ。」
その後、屋久島から東京に戻って仕事を続ける中で、SNSでたまたま「吉野での林業体験」の告知を見かけた事が、渡邊さんと吉野が縁を繋ぐ大きなきっかけとなりました。
吉野での林業体験
「奈良吉野で、2泊3日での林業体験みたいなのがあって、たまたまその告知をSNSで見かけたんです。これは行きたいなって思って、12月に吉野に来たんですよ。」

「体験では、伐倒したり、製材所や木を使ってお箸を作る会社さんとかをいろいろ回ったりして。その中で、吉野に林業学校ができるよっていう案内のパンフレットをもらったんです。」
2泊3日の林業体験の最終日に、参加者8名ほどと一緒に吉野山の金峰神社に参拝した際、他の参加者と分かれて一人で山を下りていた渡邊さんは、雪の降る幻想的な情景の中でスタックした軽トラに出会ったそうです。
「軽トラがスタックしていたから、押して助けてあげたんです。そしたらその方が、山の中腹くらいにある、自分の働いているお蕎麦屋さんでご馳走したいっておっしゃってくれたので、せっかくなのでお邪魔することになりました。」
「そのお蕎麦屋さんの大将が吉野の方で、おじいさんが“やまいき”さんだったそうで、ご本人も、林業や木材の加工などを高校で学んだ方でした。林業に興味を持っていると話すと、山について沢山話してくれたんです。」
「やまいきさん」とは山仕事をされる方のことで、地元では親しみを込めてそう呼ばれるそうです。
「凄く熱っぽく色々話してくれて、山のことでこんなに熱くなれるんだなぁなんて思いながら、山を下りて、東京に帰る電車に乗ったんです。その道中で、林業学校のパンフレットをしげしげと眺めていたら、東京に着くころにはこの学校に通いたい!って気持ちになってしまっていたんです。」
東京をはなれ、吉野の林業大学校へ
学校の案内パンフレットに書かれていた中でも、渡邊さんが特に魅力を感じたのはその教育理念でした。

「山というのは人との関わりが深いというところから、山は主に4つの機能を持っていて、それを教えますという話が書いてあったんです。木材の生産で林業、それに防災の機能、生物の多様性を守る機能や、人間のレクリエーションの場として、自然からのエネルギーを感じることも出来る。山仕事以外にもこれだけの役割が山にはあって、学校ではそれを教えます、みたいな。」
林業に興味は持っていたものの、もともと登山が好きだった渡邊さんにとって、フォレスターアカデミーのその教育理念はより魅力的に映ったと言います。
「それで東京に帰って、妻にこういう学校に通いたいんだけどって話をしたら、本気なの?って。でもまあ、本気なんだったらという事で、当時住んでいた場所が明治神宮の近くだったので、お参りに行って聞いてみようってことになったんです。」
すぐそばに住んでいたという事もあり、もともとお二人で参拝することが多かったという明治神宮に参拝し、仕事を辞めて林業の学校に入学することへのお伺いをたてたという渡邊さん。
「そうしたら妻が、明治神宮さんがお金なら何とかなるって言っている、って言うんです。それで、東京でずっと生活したいっていうわけでもなかったので、タイミングなのかなって。」
インタビューの途中から参加してくださった奥さまの麻理子さんは、少しお話しするだけでも伝わってくるほど、とても明るい印象の方ですが、夫である渡邊さんから学校に入学したいと聞いたときに不安は感じなかったのでしょうか。
「よく漁師になりたいとか言ってたから、林業の話を聞いた時も、まぁた言ってるわ、って思ってたんですけどね。彼が屋久島に行った時に、お土産屋さんで売っている小さな屋久杉の木くずを買ってきて、仏師みたいに毎晩削って山の形にしたりしてたんです。3週間くらいかな。だから、ようやく好きなことが見つかったのかなって思ったんですよね。」

東京での仕事を辞めて、吉野で林業の学校に入学するという事は、なかなかに大きな転機だと感じますが、お二人ともあまり迷いはなかったとおっしゃいます。
「今思うと、悩まなかったですね。迷うのは、本当にやりたいことじゃないのかなって思います。」
林業大学校「フォレスターアカデミー」とは
渡邊さんが興味を持った「フォレスターアカデミー」は、スイスの林業をモデルに、森づくりのプロフェッショナルを養成するという林業大学校です。
無事に入学試験にも合格した渡邊さんは、20名ほどの同期生とともに山について学んだと言います。

「スイスには“フォレスター”と呼ばれる、山の管理をする人がいるんですけど、そういった人材を各市町村に置けば山の管理が行き届くんじゃないかという事で、奈良では取り入れてるんです。」
奈良県では、スイスのベルン州と友好提携協定を結び、スイスの林業をモデルにした「森林環境管理制度」の導入を進めています。
その担い手となる「フォレスター」と呼ばれる、森林を管理する人材の養成を目的としてフォレスターアカデミーは開校されました。
年齢や卒業後に林業分野に就業するなどの条件はありますが、国からの給付金制度も設けられていたりと学びやすい環境も整えられているそうです。
独自性を持つ、吉野の林業

吉野の林業では、「密植多間伐(みっしょくたかんばつ)」という独自の育成方法により、手間ひまをかけて良質な木を育てると言います。
「吉野林業って、大径木(だいけいぼく)を育てるっていうので、密植多間伐っていって、通常より高い密度で木を植えて、何度も間伐を繰り返すって方法がとられているんです。」
「九州や中国地方なんかの、生産量で勝負するところは1ヘクタールあたり3000本から5000本の苗を植えて、少ない間伐でとにかく成長させるんです。葉っぱが育てば成長が早いから。でも、吉野は8000本から12000本くらいを植えるだけ。」
密集して植えられた木は、その間隔を調整しながら何度も間伐や枝打ちを繰り返すことによって、太陽の光を取り入れながらゆっくり時間をかけて育っていきます。
長い時間、手間をかけて丁寧に育てられた木は、年輪幅が均一で細かく、幹の太さが一定でまっすぐな、良質な木となるのだそうです。
また、山としてのバランスや木の成長を慎重に見ながら間伐するので、森林や環境、生態系へ与える影響が小さいということも吉野林業の特徴だそうです。
ただ、その製法ゆえに、吉野での林業はとても手間暇がかかるのだと言います。
「間引いて間引いて、間引く回数がとにかく多い。手間がかかる、時間もかかる、みたいな。でも、そうやって手間暇をかけて、いい木を、大きい木を育てる。そういうのがテーマなところが自分としては、性に合っていたんですよね。」

手間も時間もかかるけれど、自然の「流れ」にできるだけ寄り添う、その仕事の仕方に渡邊さんは魅力を感じたそうです。
「フォレスターアカデミーを卒業後もここで林業をやろうと思ったのは、在学中に出会った山いきさんがすごかったので、もっとその人と一緒にいていろいろ吸収したいと思ったというのもあって。考え方や技術もそうですけど、仕事ってやり方があるじゃないですか。その軸が、自分がどうこうっていうより木をどうしたらいいんだろうという事と、自分がそこにどう寄り添えるかみたいな感じがやっぱりあるんですよ。」
身振り手振りを交えながら、いきいきと話してくださる渡邊さんからは、本当に山が好きなんだという想いが伝わってきました。
松煙の原料となる、赤松の「ジン」

私たち錦光園は、松煙墨の原料となる松煙の煤を生産するために必要な「赤松」の手配をお願いできないかと、渡邊さんにご相談させていただいてます。
日々お忙しい中、どうして私たちの依頼にご協力下さったのでしょうか。
「長野さんの工房に行かせてもらってお話しを聞く中で、僕がなんでお受けできるかなって思ったかと言うと、東吉野で“松のジン”を見たことがあったからなんです。」
耳慣れない「松のジン」というものですが、実は煤を生産するうえでとてもありがたい特性を持つものでした。
「東吉野ではお盆の時に、夕方に玄関先で松の木を割ったものを燃やして、ご先祖様を家に迎え入れるっていうような風習があるんですよ。その燃やしているものが、松のジンと呼ばれるものだと聞いたんです。ジンは油分を多く含んでいるので、火力が強く勢いよく炎があがって、そこに黒い煙が出るんです。」

「だから長野さんから松煙墨のお話を聞いた時に、ああ、それだったらあるなって思って。」
油分が多く、燃やしたときに黒い煙が出やすいという「ジン」は、まさに煤を生産するのに適した原料でした。
中でも赤松は、油分を多く含んでいることからジンとなりやすいそうです。
赤松は、尾根沿いの、山の中でも痩せた土地に生えているのですが、そう言った場所に生える松のほうが私たちの必要とするジンになりやすいのだと、渡邊さんは教えてくださいました。
「痩せている土地で、なおかつ風が強く吹くところの松がいいんです。風が吹いて木の枝がしなると、枝が割れてきて、繊維が切れる。そうすると、松は自分で油を出して傷ついた部分を補強するんですよ。そうなると、後々その松が倒れて落ちた時にも、油が強いその部分だけは腐らずに残る。それが、油分が強くて燃えやすく、かつ黒い煙が出やすい、ジンと言われるものなんです。」

「それで、長野さんにサンプルを持って行ったりして、これならいけると思いますという事で、本格的にジンを探し始めました。」
山には枯れた松自体はあるそうですが、全部がいい状態で残っているものとなると、限られてしまいます。
今後の課題としては、どこまで必要量のジンを見つけられるかだと渡邊さんは考えてくださっています。
「ベストじゃないものもあるんですけど、どこまでが松煙の生産において許容範囲内なのかなと。量が足りないとなれば、また探していかないといけないので。」

徒歩でないと近づけない場所や、急斜面にも足を運んでジンを探してくださる渡邊さんには、本当に頭が下がる思いです。
みなさんにご協力いただいていることに感謝しながら、しっかりと、このプロジェクトを進めていかなくてはと改めて感じました。
自然と四季を感じられる、東吉野村での暮らし
東京から移住して5年ほどになる渡邊さんですが、自然に囲まれた東吉野村での暮らしで大変なことはなかったのでしょうか。
「やっぱり、林業は季節商売なので、お金という面では毎月決まってお給料がいただけるサラリーマンとは違いますよね。だけど、それはそういうものだよなと思っていたので、林業だけでなく、今は登山ガイドをしたり、特殊伐採の仕事もしたりしています。」
もともと渡邊さんの趣味だったという登山ですが、フォレスターアカデミーの授業の一環として、実際にガイドさんに付いて、登山ガイドの仕事ではどんなことをしているのかを教えてもらう機会もあったといいます。
「それで、ちょっとこういうのいいかもな、なんて思って、そこから登山ガイドをして2年目かな、今で。」
金銭面での心配は、複数の収入源を持つことで解消しているという渡邊さんが、移住した東吉野村で暮らしていくうえで心がけている在り方を教えて下さいました。
「先のことを考え過ぎると、安定とか何を得られるんだろうなんていう事に意識が向きがちですけど、やっぱり“何ができるんだろうか”って方向にまずは目を向けたい。今回の錦光園さんのお話もそうですけど、今だって手探りの中ですけど、やってみて、できることをしていきたいと思っています。」

今回のインタビューを通して、林業の仕事の仕方や、移住先での生活の仕方においても、渡邊さんは常に、「自然に寄り添う」ということを大切にされているのだと感じました。
最後に、そんな渡邊さんにとっての東吉野村の魅力を伺ってみました。
「やっぱりここは自然の中に近いから、時間とか季節の変わり方とか、そういうサイクルの変化を感じやすいんですよね。桜が散ったと思うと、今度はすぐに藤の芽が出る。次は白いうつぎになって、夏には赤いネムの木が咲く。そうして、順番に巡っていく季節の変わり目を、自然のものから感じられる。単純に、そこに感動するというか。それを味わえるのが、ここの魅力ですかね。」
季節の変化を、自然の中で身をもって体感できる。
それができる場所に「居させてもらっている」という感覚でいると、渡邊さんは話してくださいました。
「最近どうですか?とか、あそこの川では蛍がきれいにみられますよ!とか、声をかけてくれる移住アドバイザーの方がいたり、そういった面でもここでの生活に溶け込みやすい下地がありますしね。」
以前私たちがインタビューでお話を伺った、移住アドバイザーの大谷さんの活動も、移住者にとって地域になじむために大きな役割を担っているようです。
地方への移住を考えているもののなかなか踏み出せないでいる方にとっては、自然に囲まれた暮らしが叶えられ、なおかつ移住者をサポートしてくれる体制のととのった東吉野村は、魅力的な移住先となるかもしれません。
取材・撮影:2025年9月

