人を繋ぎ、地域を育む
東吉野村 移住アドバイザー 大谷彩貴さん
松煙墨の原料となる「煤」を製造するという新たな試みにおいて必要となるのは、製造を行う場所や設備、原材料など多岐にわたります。
特に今プロジェクト最大の課題だったのが煤製造の場所。
今回お話を聞かせてくださったのは、煤の製造拠点を奈良県の東吉野村に構えるにあたって場所探しのご尽力いただいた、大谷彩貴さんです。
大谷さんとの出会いが生んだ、「製造拠点」との縁
今回の大和松煙プロジェクトの課題は、「原料」となる赤松の調達や、特殊な作業を行うための「製造拠点」の確保、それらの源泉となる「資金」集めなど、とても多岐にわたりました。
なぜこんなに大変なことをはじめてしまったのか…とふと考えてしまうことがあるほどです。
けれどやはり初心に立ち返ると、「私たち錦光園にしかできないことであり、やるべきことなんだ」と思い、大変な過程ではありますが、やりがいを感じながら日々進んでいます。
実際、煤の原料となる赤松の中でも「煤に適した赤松」を手に入れる事は難しく、東吉野村の林業家の方に相談していました。
さらに、実はその頃には水面下でもっとも大きな問題が起こっていました。ある場所で決まりかけていた製造拠点のお話が、先行き不透明な状態で半年近く経ち、最終的には諸事情により頓挫してしまい、頭を抱えていました。
そういった事情を林業家の方にご相談したところ、東吉野村について詳しい移住アドバイザーの大谷さんという方がいらっしゃるということで、ご紹介いただきました。

早速、東吉野村に伺い、大谷さんにご相談。
事前にいくつか、候補となる場所を見繕っていただいていたので、その日のうちに数件の見学をさせていただきました。

しかし、見にいった物件はいずれも中々条件に合わず、あきらめかけていた最中、車を走らせている道中で、偶然みかけた製材所の跡地がありました。

元製材所ということもあり、広い敷地と高い天井をあわせ持つその場所は、煤の製造場所としてはもってこいの条件を備えた場所でした。
そこに立てかけられていた、借り手募集の問い合わせ先の看板を見て、貸主の方に大谷さんからご相談の連絡をしていただきました。

すると、すぐにご快諾いただく事ができ、偶然出会ったその場所がとんとん拍子のうちに、煤の製造拠点となりました。
数日前には頭を抱えていた製造拠点探しの問題が、こんなにスムーズに解決できるなんて、ご縁に感謝としか言いようがありませんでした。
実は、そんな「人の縁」への感謝が、このインタビュー記事を作らせていただくひとつのきっかけでもあります。
大都会から、山あいの東吉野村へ
産まれも育ちも東京だという大谷さんは、2014年に東京からご家族とともに東吉野村に移住されました。
住み慣れた土地を離れ、この自然豊かな東吉野村に来たのには何か理由があったのでしょうか。

「特に理由はないんです。当時は3人目の子供が生まれたばっかりで、なんとなく、東京以外で暮らしてもいいよね、と夫婦で話してはいました。それで、2014年の年明けぐらいから、地方のいろんな仕事や求人を探し出したら、ここ東吉野の“地域おこし協力隊”っていう求人があって。」
当初は「地域おこし協力隊」が何をするものなのかもよく分からないまま、書類選考に応募されたそうです。
「修学旅行で東大寺に行ったぐらいしか奈良のことも知らないし、吉野という地域がどこにあるのかも知らない状態で…書類選考で落ちるだろうなと思っていたら、すぐに面接に来てくださいって言っていただきました。」

仕事が終わったその足で、面接のために新宿から夜行バスに乗って東吉野村にやってきた大谷さんは、東京との違いに驚いたと言います。
「日曜日の昼間なのに、道に誰もいないんですよ。しかも、東京では接点を持つことのほぼない、自治体の長である村長に直接会って、面接を受けて、ぜひ東吉野村に来てくださいと言われて。」
地域おこし協力隊として活動する日々
大谷さんが応募した「地域おこし協力隊」とは、総務省が2009年度から実施している制度で、都市部から過疎化の進む地域に協力隊員が移住し、その自治体の問題解決や村おこしに携わるというものです。
期間は1〜3年で、各自治体から委託を受ける活動内容はそれぞれ異なります。
当時の東吉野村では、協力隊の活動の選択肢として、特産品の開発や高齢者福祉、村のPRを行う情報発信などがあったと言います。
「村からお仕事を斡旋してもらうというような形ではなく、そのジャンルの中でゼロから自分で考えて、できることを見つけて実践していく必要がありました。」

まずは現状を知ろうと、村の特産品を製造する工場を訪ねたり、高齢者の集まるサロンに顔を出すなどの行動を進める中で、情報発信だけは主だった活動が行われていない事に大谷さんは気づきます。
「そんな時に、隣町の地域おこし協力隊の方がフリーペーパーを作ったというテレビのニュースを見て、まずは村を紹介するフリーペーパーの発行をしようと決めました。」
「Letters」と名付けられたこのフリーペーパーは、東吉野村の存在と、インターネット上では得られない村の雰囲気を感じてもらうことを目的として発行され、大阪や京都をはじめ、東京23区、奈良県内といった多くの場所で配布されました。

Lettersが番組制作会社の方の目に留まり、テレビ取材に繋がった事もあるそうです。
その後も、フリーペーパーの発行と並行して、東吉野村にゆかりのある「オオカミ」を題材にした絵本コンクールの主催や、その絵本の出版、村民向けのパソコン教室など、多岐にわたる活動を行われたそうです。

日々忙しく活動をしていた事もあり、地域おこし協力隊の活動期間である3年は短く感じられたと言います。
地域おこし協力隊ではその活動期間を終える際に、自分で職を見つけてそのまま定住するかどうかの判断が必要になりますが、大谷さんはお仕事のお声がけをいくつか頂いたそうです。
「もうあと数か月で協力隊の活動が終わるという時に、村の小水力発電所の管理であったり、役場からも情報発信か、もしくは移住関係の仕事をしませんかとお声がけ頂きました。」
大谷さんは、その時にご紹介いただいたお仕事を現在も続けていらっしゃいます。
東吉野村での経験を活かした、役割
実は、今回のインタビューを行う際にお借りした、「地域の賑わい拠点施設 かめやKAMEYA」さんも、大谷さんが管理・運営を担う施設です。

「かめやは、町づくり協議会の拠点であったり、飲食店のお試し営業ができるチャレンジショップっていう機能があるんです。その管理を行ったり、かめやへの出店希望者のご相談や、移住を検討されてる方のご相談にのったりしています。」
2019年からは、かめやに移住相談窓口が開設され、東吉野村に移住を検討している方々が相談に訪れるそうです。
「移住しようか悩んでいる方のご質問にお答えしたり、家探しのお手伝いをしたり。実際に移住されてから、元気ですか?とお声がけして近況を伺ったりもしています。」
大谷さんが移住して以降、東吉野村には120〜130人ほどの方が移住してこられたといいます。
「ご家族で来られる方、ご夫婦、単身の方と、色々な方がいらっしゃいます。最近は様々な種類のアーティスト、作家の方も。」
そういった方々が、東吉野村に移住先を決めるきっかけのようなものはあるのでしょうか。
「移住者も昔からの地元の方も、村の中にいる人たちを巻き込んで、いろんなイベントを立ち上げているんです。アーティストの方も、村の中にある飲食店とか、農産物を作ってるような方たちにも全てに声をかけて。」
「そういった、村の方たちが一堂に会するようなイベントを色々やっていく中で、そこを訪れて雰囲気に少し触れていただいた方で、移住しようかな?と繋がるようなケースも最近は出てきていますね。」

大谷さんが中心となり様々な「きっかけ作り」を行うことで、ご縁が繋がることも増えたと言います。
「きっかけ作りはしますね。人をご紹介するとか、人を紹介してくれる場所をご紹介するとか。あとは、こんな事ができる人はいないかな?みたいな時に、その人に声をかけて引っ張ってくるとか 。」
すでに10年以上となった東吉野村での生活で、経験や人脈を築いた大谷さんのもとには、様々な形の相談が舞い込むと言います。
突拍子がない事でも受け止める、対応力
今回の、私たち錦光園の「大和松煙墨プロジェクト」に関するご相談もまさにそのひとつです。
私たちがこのプロジェクトへご協力をいただけないか、設備を構えさせていただく場所をご紹介いただけないかとご相談した際に、大谷さんはどう感じられたのでしょうか。

「一体何をするんだろう?という疑問はあったんですけど…でも、たまにあるんですよ。こういう突拍子もない事をしようとする人も、相談に来られることがあるので。」
おおらかに笑いながら、大谷さんは続けます。
「だから、全然驚きはしなかったです。何かをするにしても、それをきっかけに村の中で何かが繋がって、また少しでも村が面白くなったらいいなぁと。そういった期待もありつつなので、出来ることは最大限ポートしたいなと思っています。」
私たち錦光園が探し求めていた「煤の製造場所」は、半年近く難航していたにも関わらず、東吉野村に来た途端、それほど時間を要さずに終えることが出来ました。
それもこれも、沢山の方のご縁、そして大谷さんのご尽力のおかげだと感謝しております。
日常の業務でお忙しい中、私たちのご依頼はご負担になってはいなかったでしょうか。
「今回のことはそれほど負担になっていないんですよ。ちゃんといいタイミングで指示をくれたり、何より長野さんのフットワークの軽さがあった。オーナーさんと直接あってお話を進めるとか、私としては自分の最小限の時間と力で、ここまで来られたと思っています。」
移住関係のお話だとこうはいかないですね、と笑いながらおっしゃってくださいました。

小さなきっかけが、ご縁を繋ぐ
実は大谷さんには、煤を作るための設備の管理をお手伝いいただく事以外にも、東吉野村の方々に松煙や墨を知っていただくためのワークショップ開催など、イベントも行えないかとご相談しています。
突拍子もないご相談でもこうして受け入れてくださる、大谷さんをはじめとする皆さんに支えられて、私たち錦光園はこのプロジェクトを前に進めることが出来ました。
ご縁があって東吉野村にお世話になることになったからには、私たち錦光園としても村に貢献・還元できることを模索していきたいと考えています。
「ワークショップとかも、お話をいただいてすごく嬉しかったです。そういったところも、 期待してたので。」
「今回いただいたお話のように、いろんな関わりを増やしたいというか。自分は、移住も含めて、“ここの村で何かをしたい”とおっしゃる方たちを、適材適所で上手く人や場所にマッチングさせてあげるような役割かなと思っています。」
実際に、大谷さんが携わったイベントを通じて、アーティストの方同士の交流が生まれ、その出会いをきっかけに移住してこられることもあったそうです。
「2025年の上半期は、5名ほどの方々が東吉野村に移住してこられました。ただ、近年はアーティストや作家の方の移住者は増えてきていますが、ご家族での移住者はほとんどいらっしゃらないので、そこは課題としてPRしていきたいですね。」
移住に対しての直接的な働きかけとはいかなくとも、私たち錦光園の活動をきっかけに、東吉野村とまだ見ぬ誰かとのご縁をつなぐことが出来ればと願っています。

※東吉野村では現在でも地域おこし協力隊の募集をされているタイミングもありますので興味ある方はぜひ確認されてみてください。
「自分の生き方」にフォーカスできる場所
最後に、東吉野村の魅力について、大谷さんに伺いました。

「変な意味ではなく、こっちに来られた方ってみんな“自分の人生を生きる自由な人”というか、とにかく個性的な面々なんですよ。みんな、自分のやりたいことをやる!っていう感じなんです。だから、そういった雰囲気が好ましかったりとか、もしくは自分のこれまでの暮らしを変えるタイミングを考えている人には、東吉野村はいいかもしれないですね。」
自然を求めて家族で移住する方もいれば、作品作りに邁進するアーティストの方がいる。
私たち錦光園のような関わり方をさせてもらうものもいる。
それぞれが「自分のやりたいこと」をしていながらも、大谷さんをはじめとする地域の方とご縁で繋がっていくことのできる東吉野村は、新しく何かを始めようとする人に最適な場所かもしれません。
お話をお聞かせいただき、東吉野村の移住者増加の裏側には大谷さんのような方のサポートが大いに影響しているのだと感じました。
グイグイと積極的に働きかけるのでもなく、といってほったらかしにするのでもなく、必要な時によい距離感でサポートしてもらえる。
そんな方がいてくださるって、心強いですね。
東吉野村は昔から人の出入りが多い村で、外部からいらっしゃる方にも特に抵抗は無いそうです。
「移住してみようかな」とか、「移住ってどんな感じ?」でもいいと思います。
自分の人生を生きたいと思ったときには、ぜひかめやさんに立ち寄ってみてください。
*かめや KAMEYA

〒633-2421 奈良県吉野郡東吉野村小川700
TEL : 0746489016
取材・撮影:2025年9月

