About 大和松煙プロジェクト概要
「国産松煙」の生産が途絶えてしまう危機
墨の主な原材料は「煤(すす)」
その煤の正体は、木や植物油を燃やした際に発生する「煙」です。
専用の小部屋にて、木や油を少しずつ不完全燃焼させてできる「煙」を出します。煙が部屋内に籠り壁や天井に付着すると、それまで気体だった煙は個体の煤に変化します。
その壁や天井に付着した「煤」をはたき落としながら丁寧に拾い集めていきます。

はじまりの墨「松煙」
「松煙」はその煤の元祖と言われています。
基本は、油分の多い赤松の木から煤を取ります。
松の表面に敢えて傷をつけ樹液である松脂(松ヤニ)が出てきた松材や、朽ちて枯木になり松脂が溜まってきた松材を燃やすなどして、煤を集めていきます。
これが「松煙」です。

墨の発祥地である中国において、
2世紀頃の漢の時代には、
松煙による墨が造られていたと言われています。
その後、製造技術の向上や道具が開発され、
材料なども現代の墨づくりの仕様に変化していきます。
日本には1400年前に墨が伝わりました。
それは当然、松煙で造られた墨「松煙墨」です。
いわば松煙墨は日本にとって『はじまりの墨』。

松煙墨があったからこそ、
日本の歴史は1000年以上に渡って書き記されてきました。
日本の歴史そのものをまさに文字通り紡いできた大切な存在なのです。

国内における松煙の生産は風前の灯
後に奈良では、1400年頃から植物油を燃やして煤を取る「油煙(ゆえん)」が主流になっていきます。
油煙で造られた油煙墨は、墨の色や艶など、それまでの松煙墨と比べ品質的にも勝るとされ、墨の主流は完全に油煙墨に変わっていきます。
そして現在は油煙墨だけでなく、鉱物性のカーボンで造られた墨も大量に出回るようになりました。また昨今の墨離れから、松煙墨だけでなく、墨そのものの需要もどんどん減少しています。
当然、墨屋業界においても段々と松煙墨の生産が減っていくことになります。
それまで原材料となる松煙を生産・提供していた関係者も減少し、
現在国内で国産松煙を専門で生産する職人はついに
ただ1人(「奈良墨のひと」より)となってしまいました。
松煙の特徴から一部愛好家による僅かな需要はあるものの、
時代の流れに逆らうことが出来ず、国産の松煙で造られた松煙墨はこのまま更に衰退していくのでしょうか。

否、このまま終わらせるわけにはいかない
松煙墨は書道文化の深さと関わる重要なもの、日本の書道文化の盛衰にも密接に関わってきた重要な道具です。
錦光園は先人たちが紡いできてくれた伝統や歴史の上で墨屋を生業としています。
それゆえ、日本国産の松煙や松煙墨が失われてしまうことを仕方ないと見過ごすようなことはできない。
何故なら錦光園の使命は「墨の魅力をわかり易く伝え続け、衰退していく墨づくりの産地を守る」こと。
だからこそ錦光園は大きな課題に挑戦したい=「松煙を残す」
とはいえ、松煙のための煤を生産するためには
- 専用の設備
- 火を扱うため、住宅地の中で生産することは不可能。
人里離れた土地の確保 - 最も重要な煤の材料となる油の乗った赤松の調達・確保
という条件が当然必須となります。

また生産した松煙で松煙墨を製造しても、墨の性質上乾燥期間に1年以上はかかるため、長い時間との勝負にもなってきます。
国産松煙の生産が始まってもただ作ればよい、というものではなく、それらを世に還元して「松煙生産の活動維持」にも努めなくてはならないのです。
錦光園にとって未知の世界である煤の製造。
時間や費用がどれだけかかるか、本当にうまくできるのか、良い松煙、良い松煙墨が作れるのか。
不安は溢れるほどあります。

しかし、「奈良墨の案内役」と謳う錦光園、そして「墨守」を謳う錦光園
1400年もの歴史や文化を紡いできた松煙墨に経緯を表し、
絶対に自分達の代で絶やさないという使命感を持って
消えゆく国産松煙の生産継承を決意しました。

「大和松煙プロジェクト」始動
生産場所に選んだのは奈良県東吉野村。
日本の「はじまりの地」である奈良。その奈良でも特に歴史の古い吉野の地で、奈良産の赤松を原材料とした「国産松煙」を生産します。
生産した松煙を奈良県内の工房で主に墨の製造などに用い、
奈良墨に加工するなどして、
純国産松煙を世に送り出していく『大和松煙プロジェクト』。
このプロジェクトは、奈良県内で一気通貫させる壮大な取組です。

そして、錦光園が目指すゴールの一つに、地域の産業として定着させたいということ。
松煙の生産は、吉野の地域資源である「赤松」を活用します。
林業に携わる方を中心とした吉野地域の方々との協働により、このプロジェクトを進めることができています。
後に林業や松煙の生産を地域の産業として残し、雇用を増やし、定着させていくことで墨業界の将来だけでなく、地域の暮らしにも繋げていきたいと思っています。
現代の世の中にとって最も大切な、伝統・自然・文化、更に生活の営みが融合した、持続可能な取組。
錦光園の挑戦はまだ始まったばかりです。
